小説

小説一覧

小説一覧作成しました

9/1 『わたしは不幸です』 恋愛小説 原稿用紙10枚

3/30 『別離』 恋愛小説? 原稿用紙18枚

3/23 『フラッゲもう一度だけ』 ファンタジー小説 原稿用紙15枚

3/21 『想い出』 現代小説 原稿用紙14枚

3/20 『愛は自然と冷めていた』 恋愛小説 原稿用紙13枚

| | コメント (10) | トラックバック (0)

小説『わたしは不幸です』

よく考えたら、小説のブログでもあるわけでブログ村には10パーセントほど小説要素が入ってるよということで、登録していた。そもそも小説ブログとして始めたわけだし。てことで小説を載せようと思います。以下本文

『わたしは不幸です』

 彼にとってわたしはどうでもいい人間になった。そうでなければ別れよう、なんて言わない。多分、関心すらも既に薄れていたのだろう。
 でもわたしは違った。わたしは彼を愛していた。好きだった。彼のごわごわした茶色の髪も、ごつごつした指輪も、ざらざらした胸毛とその胸板も、おでこにできていた小さなにきびも、彼の飼っているペット(短い毛並みの、愛嬌のある顔の、大きな瞳のミックス犬だった)も、皺のついた彼のお気に入りの赤色のジャケットも、全部愛していた。
 いやだと言った。わたしは携帯電話を握り締め、泣きながら懇願した。いやだ、絶対に別れたくない。
 彼はもともと気性の荒い性格だったが、その時は声を和らげ極めて冷静だった。なんだか滑稽で気持ち悪かった。
 そして哀しかった。その気性の荒さをもわたしは愛していたから。
「もう、別れよう」
 彼はその言葉だけを繰り返した。わたしはわけがわからなかった。
 衝撃的だった。赤ちゃんはコウノトリに運ばれてやってくるのではなく男と女の醜い営みによってできるものだと知ったときよりも、衝撃的だった。
 わたしは混乱した。発狂した。必死に泣き叫んだ。絶対にいやだ。わたしは愛している。あなたを誰よりも愛している。いやだ。お願い。いやだ。
「もう、別れよう」
 消沈した声、というよりそれは疲れた声だった。もういい。別れよう。おまえと話すのには疲れた。早く電話を切りたいんだよ。そう言っているように聞こえた。
 わたしは諦めなかった。必死に必死にすがりついた。
 しかし電話は一方的に切られた。わたしはすべてを失った。
 その電話は二度と彼にはつながらなかった。
 何もかもを失った。
「いい加減忘れたら?」 
 ナオミはいい加減なことを言った。
 わたしはナオミに相談したのを早くも後悔していた。彼女は熱心に何かをやるタイプの人間ではない。人の相談を受けるような人間でもない。
 どことなく無気力でテキトーでいい加減。時々何のために生きているのだろう、と見蔑むことがある。
「無理だよ」
 わたしは絶望的な声を出していたと思う。
「新しく恋人見つければ」
「無理」
「なんで?」
「だって彼のことが好きだもん」
 忘れるわけがないのだ。執着心のなさそうなナオミにはわからないかもしれないけど。ナオミは鏡を取り出し髪をいじり始めた。くすんだ茶色の汚い、痛んだ髪をだ。
 あるいは彼女もわたしのことを、見下しながら生きているかもしれない。不意にそう思った。
 多分そうなのだろう。だれでもそうなのだ。自分以外の人はくだらない生き物だ、と見下す。
「捨てられたのに?」
 ナオミの言葉は鋭くわたしの心を貫いた。無神経な言葉にわたしはもはや、どうしてよいのかわからず泣き出した。
 人目を気にすることなく、わたしは大声で涙を流した。
 彼女はそんなわたしに声をかける。
「みっともないよ」
 と。それが、昼時のファミレスで二〇歳にもなって大人気なくわんわんと泣いていることに対してなのか、それともわたしの彼氏への執着に対してなのかわからなかった。
「ナオミには、わかんないよ」
「わかるわけないじゃん」
 非情な女だと思った。ナオミはいつもそうだ。無頓着で無神経で馬鹿な女だ。
 わたしは不幸な女だった。最愛の人に見捨てられた。幸福の絶頂から、奈落の底へと突き落とされた。いっそ死ねばよかったのに。
「もういい」
 わたしは千円札を置いて、席を立った。ナオミと話しても時間の無駄だ。
 そんなのはじめからわかっていたことだった。けれども、動転して悲観して絶望のどん底にいたわたしは、ともかく誰かに話を聞いて欲しかったのだ。
 彼はどうしてわたしを捨てたのだろうか。
 彼と出会ったのは大学のサークルでだ。バトミントン愛好会でラケットを振る彼の姿は素敵だった。
 でも、もう二度とその姿を見れないだろう。
 わたしと彼は付き合うことにして、一緒にバトミントンを止めた。代わりに、映画を見て買い物をして食事をしてカラオケに行ってボーリングをして。もっともバトミントンをそんなに必死にやっていたわけではなかったが。
「わたしは不幸な女」
 そう呟いてみると哀しくなった。絶望した。
 たぶんこれは総理大臣のせいだと、馬鹿なことを考える。日本の政治が悪いのだ。
 わたしは日本の政治が悪いのは知っているが、何が悪いのか知らなかった。でも、確かに悪いのだ。それは確か。でなければわたしが不幸であるはずがなかった。
 午後から大学の授業があったけど、いく気になれなかった。だからといって家に帰る気もなかった。
 冷たい家だ。誰もいない四畳半の部屋。冷たいフローリング。冷たいキッチン。冷たいフライパン。せめてもの救いは、実家のようなうざさがないところだ。
 特に、彼と別れた今、母親とか父親とかに会ったらわたしは憤死してしまう。
 もういやだ。

 彼と別れた二日後、大学構内で彼とばったりあった。目が合ったけれども、彼は無視を決め込んでいるようだった。腫れ物でも見たかのようなそんな感じなのだろう。たぶん、ああめんどくさい、とでも思っているのだろうか。
「おい」
 声をかけると彼は溜息を吐く。
 無言でわたしを見つめる。あんただれ? 彼の視線はそう語っていた。今までの付き合いがすべて消滅したかのように。彼はわたしを知らないし、わたしは彼を知らないし。
「何で電話に出てくれなかったの? というか、どうして別れるなんて!」
 あんただれ、憎憎しげに彼は呟く。わたしは固まった。わたしが何も言わないのを見て彼は踵を返した。そのまま立ち去ってゆく。待ってと口にでかかった言葉は、音にならず消え行く。伸ばした手は決して彼には届かないし、わたしの思いは彼にとって煩わしいだけ。
 嘘でしょう、嘘だ、これは何かの間違。
 わたしは泣きそうになりながら携帯電話を取り出す。
『この電話はお客様の都合により現在出ることができません』
 電話の機会音声は寂しくそう響いた。着信拒否されている。
 わたしは呆然と立ち尽くしたまま携帯を落としてしまった。
 ゆっくりと携帯を拾い、わたしは次の講義に出る。出たくなかったが、だからといって誰もいないあのアパートに帰るのはいやだったし、だからといってどこかで遊ぼうという気にもなれなかった。
 しかしやがて数列の並ぶ黒板に嫌気が差して、わたしは教室から出て行った。これでこの科目の単位を落としたかもしれない。あの先生、けっこう授業態度に対して厳しく臨んでいたから。
 でも、単位を落とそうが落とすまいがどうでもいい。
 もう本当に何もかもがどうでもいい。
 何をするのもやる気が出ず、かったるく、哀しく、家に帰ることにした。
 冷たい風がわたしの赤いマフラーを揺らす。
 茶色く古ぼけたアパートの二階。錠を外し、冷たい金属ドアノブに手をかけ捻る。部屋の空気は外と変わらずに冷たくて、身震いをする。
 思いっきり扉を閉めテレビを付ける。冷たいフローリングに座ると、カーペットが欲しいと思った。
 テレビから流れる雑音を聞きながら、毛布に包まる。
 涙が零れた。
 携帯を取り出す。着信履歴の画面に切り替える。最後に彼から電話があったのは三日前。迷わずボタンを押す。
『この電話はお客様の都合により現在出ることができません』
 携帯電話を思いっきり床に投げつけた。それから毛布に顔を埋める。
 もう、お終い。
『本日12時頃、新潟市で震度4の地震があり……』
 テレビから流れる雑音は、わたしの意識の中で消えてゆく。
 どこか遠くで起きた出来事なんてどうでもいい。わたしに必要なのは、彼だけなんだから。
『新潟市の……現在の状況は……現場の……さん……』
 現在の状況、そんなの不幸に決まってるじゃない。
『不幸なことに、子供が倒壊した家屋の下敷きに……』
 不幸? それはわたしのことだ。
 リモコンをテレビ画面に投げつけた。
 乾いたいやな音が響き、ぷつんとテレビ画面は途切れた。わたしはそれからしばらく泣いた。

| | コメント (1) | トラックバック (0)